こんにちは、発達障害+知的障害のある凸凹男子(小学生)を育てている もも です。
息子は、言葉が遅い子でした。
診断のあと「言語聴覚士(ST)さんの療育を受けましょう」と言われたとき、私の頭には「?」が浮かびました。STって何をするの? 通ったら喋れるようになるの?——当時の私が一番知りたかったことを、3年間通い終えた今、まとめておきます。
これから療育を検討している方、予約待ちの長さに心が折れそうな方に届いたらうれしいです。
通い始めるまで:初診は2〜3ヶ月待ちだった
息子がSTの療育に通い始めたのは、3歳頃。診断を受けたあと、療育につながる流れでした。
ただし、すぐには始まりません。初診の予約は2〜3ヶ月待ちでした。
言葉の療育はどこも混んでいます。「早くしないと」と焦る時期に、この待ち時間は正直しんどかった。でも先に言っておくと——待ってでも、行く価値はありました。
実際に何をするの?:40分の中身
わが家が通ったペースは月2回。1回の流れはだいたいこうでした。
- 最初の30分:ことばの課題。といっても机でお勉強じゃなく、言葉のすごろく、しりとりみたいな「遊びの形」をした課題
- 最後の10分:自由に遊ぶ時間。この間に、STさんが保護者に今日の内容や最近の様子を話してくれる
親は部屋の外で待ちます。ドアの小さな窓から、中の様子を覗くことはできました。すごろくのコマを進めながら言葉を引き出してもらっている姿を、私は何度もあの小窓から見ていました。
「訓練」じゃなくて「遊び」だった
通う前の私は、療育って「訓練」みたいなものを想像していました。実際は違って、徹底的に「遊び」の形をしていました。
すごろくも、しりとりも、子どもにとってはただの遊び。でもその中に「言葉を口に出す理由」がぎっしり仕込まれている。専門家ってすごいな、と素直に思いました。
家庭用には、STさんからひらがなと絵のカードを勧めてもらい、カルタみたいに遊びました。このカードの話は、愛用品の記事に詳しく書いています。

「にゅうにゅう」が「ぎゅうにゅう」になった日を、私は覚えていない
効果はあったの?と聞かれたら、こんな話をします。
息子は「ぎゅうにゅう」がずっと言えませんでした。「にゅうにゅう」とか「にゅうぎゅう」とか。何度聞いても、かわいい発音のまま。
それが今は、普通に「ぎゅうにゅう」と言います。
じゃあ、いつ言えるようになったのか——正直、覚えていないんです。「言えた!」という劇的な瞬間があったわけじゃない。気づいたら、言えるようになっていた。
でも、それが成長の本当の姿なんだと思います。ドラマみたいな瞬間は来ない。月2回の積み重ねが、気づかないうちに子どもを前に進めている。「にゅうにゅう」が消えた日を思い出せないことが、逆にその証拠なんじゃないかと。
正直に書くと:相性の問題はあった
いいことばかり書くのはフェアじゃないので、正直に。
担当のSTさんには、感謝しかありません。 行かなかったら、息子は今ほど喋れていないと思います。
ただ、療育には複数の大人が関わります。その中には、どうしても相性が合わない先生もいました。 定期的な診察の日が、正直、嫌で嫌で仕方なかった時期もあります。
それでも通い続けたのは、「合わない先生がいること」と「療育そのものの価値」は別物だったから。息子とSTさんの40分は、私の気の重さとは関係なく、ちゃんと息子を育ててくれていました。
もし今、「先生と合わなくて療育やめようかな」と迷っている方がいたら——お子さんと担当さんの関係が良いなら、それだけで続ける価値はある、と私は思います。
小学校入学で、ひとまず「卒業」
STの療育は、小学校入学でいったん卒業という区切りでした。
3歳からの約3年間、月2回。回数にすれば70回くらいでしょうか。「にゅうにゅう」だった息子は、学校のことを(言葉では全部報告できないなりに)話す子になりました。
おわりに
STの療育は、魔法ではありません。1回で劇的に変わることもありません。
でも、遊びの形をした専門家の40分は、確実に息子の言葉を増やしてくれました。そして親の私には、「今日はこんな様子でしたよ」と教えてくれる10分が、どれだけ心強かったか。
予約待ちの数ヶ月に焦っているママへ。待つ価値は、ありました。
診断までの道のりや、息子の成長の記録はこちらに書いています。


※この記事は、わが家の体験にもとづきます。療育の内容・頻度・待ち時間は地域や施設によって大きく異なります。

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